6.後日談

 ぼく自身の中では整理できたものの、方法論に理解を得る難しさは今後もついて回る。

 規模にもよるが、プロジェクト全体の経済的なスケール感は、個人の報酬レベルとは比べものにならない。その桁違いに大きな成果を「守る」ためならば、何かしら泥をかぶることになったとしても(ある程度は)仕方がないと割り切れるようになってしまった。

 ただ、ある目的を果たすために、わざわざ損な役回りを引き受けることについてはリスクも伴う。「この信念(信仰?)は、一体どこから来るのか?」我ながら疑問に感じていた。

 

 2023年のゴールデンウィーク、ある方の著作を読んで強い共感を覚えたことから、自分自身の中にあった「システム」という用語に対する強い偏見に気づくことができた。
 いわゆる「システム開発業界」の体質や文化は、自分が目指す方向性の対極にあるものと感じてきたが、本来の ” system “ の意味はもっと広くて大きな概念を指す。

 一般システム理論(1945年)まで遡ってみて、まさに目から鱗が落ちた。

 同じ時代に工学から派生した「サイバネティックス」、更に「システムダイナミクス」に連なる系譜を辿りながら、自分の中にあった認識のねじれ、ボタンの掛け違いを修正できた。

 

 シミュレーションの技法である「システムダイナミクス」から、その「考え方」を抽象化して取り出し、あらゆる社会問題の解決に役立てようとしたものが「システム思考」である。

 ぼくの仕事の方法論は「システム思考」だった。

 それは「デザイン思考」とも補完し合うとされている。(・・・この辺りは諸説あり?)

 以前、これらの書籍に目を通した時は(抽象的に感じて)ピンと来なかった記憶があるが、立ち位置を再認識した上で読み返してみると、内容が手に取るように感じられた。

 システム工学の古い入門書を手に入れて、目次に並べられた項目を眺めてみると、無作為に場数を踏んできた自分の職務経歴に重なるところがあった。そして「システム工学のどこが、何が難しいのか?」といった観点から、ぼくの抱えてきた悩みがそのまま綴られていた。

 どうやら、ぼくの「人間性」の問題だけではなかったようだ。

 それが判明して、ようやく重い荷物から解放された気がしている。


解説:システムズ・アプローチ